前任者が現場と築いていた関係を、どう引き継ぐか
引き継ぎ書は受け取った。媒体のIDもパスワードも揃っている。求人原稿も直した。それなのに、面接の日程が決まらない。現場の部長に候補日を送っても返事が来ず、三日経ってもう一度送ると「今週は無理です」とだけ返ってくる。前任者がいた頃は、翌日には枠が出ていたはずなのに。
この詰まり方をしているとき、足りないのは手順ではなく関係です。前任者は、誰に何曜日に声をかければ枠が出るか、どの部長は催促しないと動かないか、どの課長は電話なら即答するがメールは見ない、といったことを体で知っていました。それは引き継ぎ書の様式に欄がないため、どんなに丁寧に書いてもらっても紙に残りません。ここでは、その「人の情報」を聞き出す質問の形と、後任が新しく関係を作り直す段取り、そして関係が作れないときに制度で代替する方法を整理します。
手順書に書けなかったことが、現場との接点に集中している
引き継ぎで残しやすいのは、媒体の操作、契約情報、応募者の一覧といった「物」の情報です。これらは項目として列挙できるため、書式さえあれば埋まります(基本的な項目は採用業務の属人化を解く。引き継ぎ書に必ず書く12項目にまとめています)。
一方で、現場との接点は相手ごとに違い、しかも前任者自身が無意識にやっていることが多いため、言語化されないまま消えます。具体的には次のようなものです。
- 面接枠を出してもらうときの頼み方(誰に、どの順番で、何日前に)
- 返事が来ないときの催促の仕方と、催促していい相手・よくない相手
- 現場が人を欲しがっている本当の理由(増員か、欠員補充か、特定の人の負荷を下げたいのか)
- 過去に揉めた経緯(この部署には未経験者を回さない、この部長は書類だけで落とすのを嫌がる など)
- 部署をまたぐときに事前に一声かけておくべき人
これらが抜けると、後任は「正しい手順を踏んでいるのに動かない」という状態に置かれます。 本人の能力の問題ではないので、放っておいても解決しません。
引き継ぎ面談で、人の情報を聞き出す質問の形
「現場との関係はどうでしたか」と聞いても、「普通にやってました」としか返ってきません。相手と場面を具体的に指定した質問にすると、記憶が出てきやすくなります。面談の時間が限られている場合の優先順位は引き継ぎ面談が1回しか取れないなら、何を聞くかを参照してください。ここでは現場との関係に絞った質問を挙げます。
| 知りたいこと | そのまま使える質問 |
|---|---|
| 面接枠の出し方 | 営業部の一次面接の枠は、誰に、何日前に、どうやって依頼していましたか |
| 催促の要否 | 依頼して返事が来ないのは、普段どの部署ですか。何日待ってから、どう催促していましたか |
| 窓口の実態 | 部長に直接言うより、先に話を通しておいたほうが早い人はいますか |
| 連絡手段の癖 | メールより電話やチャットのほうが反応がいい人は誰ですか |
| 地雷 | 現場に頼むときに、言わないほうがいい言い方や、過去に怒られたことはありますか |
| 募集の背景 | この求人は、現場が本当は何に困っていて出したものですか |
| 評価の癖 | 書類や面接で、この部長が必ず引っかかる点はどこですか |
最後の2つは選考の判断にも関わります。過去の選考結果から基準を逆算する方法は前任者の合否判断の基準を、過去の選考履歴から復元するで扱っています。
聞いた内容は、部署ごとに数行でまとめておきます。きれいな文書にする必要はありません。「製造部:工場長に直接。朝8時台なら電話が通じる。メールは見ていないことが多い」程度の粒度で十分です。
後任の着任時、管理部門長が同席して紹介する
後任が決まったら、各部署への紹介は後任本人に任せず、管理部門の責任者が同席して行ってください。メールでの一斉連絡だけで済ませると、現場からは「よく分からない人からの依頼」として後回しにされがちです。
紹介の場で伝えることは3つに絞ります。
- この人が採用の窓口になること(前任者の代わり、ではなく、今後はこの人に言えばいいということ)
- この人からの依頼は会社としての依頼であること
- 判断に迷うものは管理部門が引き取ること(後任に全部背負わせない)
所要時間は5分で構いません。部門長会議の冒頭でも、各部署を回る形でも構いませんが、管理部門の責任者が「この人に協力してください」と口頭で言った事実が残るかどうかで、その後の返信速度が変わることが多いです。
現場が最も知りたいのは「いつ人が入るのか」です。紹介の場でその質問が出たときの答え方は現場から「いつ採用できるのか」と聞かれたときの答え方にまとめています。日付を約束せず、段階で答えるのが基本です。
最初の依頼は小さくして、実績を作る
関係は一度の紹介では出来上がりません。後任が最初に現場へ出す依頼は、意図的に小さくします。
- 大きい依頼(いきなり):来月の採用計画を一緒に考えてほしい/面接官を3人出してほしい
- 小さい依頼(まず):この求人原稿の仕事内容に事実の誤りがないか、5分で見てほしい/来週の面接候補日を3つ出してほしい
小さい依頼は断られにくく、応じてもらったあとに「おかげで原稿を直せました」「候補者に候補日を送れました」と結果を戻せます。この往復を2〜3回重ねてから、面接官の追加や選考基準のすり合わせといった重い依頼に進むと通りやすくなります。
依頼を出すときは、締切と所要時間を必ず書いてください。「今週中に」ではなく「10月20日(月)17時までに、5分程度」と書くほうが返ってきます。現場に新しく面接官を頼む場合に渡すものは現場の面接官を増やすときに、最低限渡すものに整理しました。
関係が作れないときは、ルールで代替する
相性や人数の問題で、どうしても協力が得られない部署は出てきます。その場合、関係づくりを続けるより、関係に依存しない仕組みに切り替えたほうが早いことが多いです。
| 詰まっている場面 | 関係での解き方 | ルールでの代替 |
|---|---|---|
| 面接枠が出ない | その都度、部長に依頼して調整 | 毎週決まった曜日・時間に面接枠を仮押さえしておく(使わなければ解放) |
| 依頼の返事が来ない | 催促の電話を入れる | 依頼票に返答期限を明記し、期限を過ぎたら管理部門が代わりに決める旨を先に合意しておく |
| 合否の判断が止まる | 部長の都合がつくまで待つ | 決裁者と代理者、回答期限を1枚に定めておく |
| 募集条件が曖昧なまま始まる | 口頭でヒアリング | 求人依頼票の必須項目が埋まるまで着手しない |
枠を先に押さえる方式の具体的な手順は面接の日程調整が止まったときの立て直し方に、決裁者と代理者の決め方は採用の可否を誰が決めるかを、紙に1枚で決めておくにまとめています。
ルールでの代替は冷たく見えますが、後任が未経験者の場合はむしろこちらが現実的です。人間関係で押し切る力は経験年数に比例しますが、ルールは着任初日から使えます。
まとめ
現場との関係は、引き継ぎ書の欄を増やしても自動的には移りません。やることは3つです。前任者がいるうちに、部署ごとの頼み方と癖を質問の形で聞き出しておく。後任の着任時に管理部門の責任者が同席して紹介する。小さい依頼から始めて実績を作り、それでも動かない部分はルールに置き換える。
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